謎解きはディナーのあとで_E01_11-12
影山:ところがそうではございません。これは例のブーツに関わる問題なのでございます。
宝生:ブーツ?
影山:どうかご自分に置き換えて、お考えくださいませ。お嬢さま、慌てて戻ってきていただけますか? 宝生:そうだった。
影山:このように、お嬢さまが洗濯物を取り込み忘れ、編み上げのブーツを履いたまま、慌てて戻ってきたとします。このとき、お嬢さまなら、どうされますか?
宝生:うん、影山、洗濯物取り込んで。
影山:あっ。 宝生:何?
影山:確かに、お嬢さまなら、そうなさるでしょう。しかし、吉本瞳には私のような執事はおりません。彼女なら、どうしたと思われますか?
宝生:ああ、そういうことね。どうもこうも、ブーツを脱いで、部屋に上がって、ベランダに行って、洗濯物を取り込んだ。そうするしかないでしょ。
影山:確かに、そうなさる方も大勢いらっしゃるでしょう。ところが、一方ではかなりの数の人が
そのようなやり方を非効率的だと感じて、別の手段を選ぶのでございます。
宝生:別の手段?
影山:はい、ある意味、お嬢さまには最も縁のないやり方でございますので、ぴんとこないのも 無理はございませんが。
宝生:どうするのよ。
影山:彼女はこうしたのでございます。
宝生:あっ。
影山:このようにすれば、わざわざブーツを脱ぐ必要はありません。急いでいた彼女はこの手を使ったのでしょう。そして、自ら殺害現場となる、室内へと入っていったのでございます。
宝生:じゃ、彼女は別の場所で殺されて、この部屋に運ばれたのではなく、この部屋で殺されたってこと?
影山:はい。室内にいた何者かに殺害されたのです。このようにして、女性が部屋の中でブーツを履いたまま殺されているという奇妙な状況が出来上がったのでございます。
宝生:そういうことだったの。でも影山にも犯人が誰かまでは分からないわよね。
影山:いいえ、今までの私の推理が正しいとすれば、犯人の目星もおおかたは付くというものでございます。 宝生:嘘。
影山:お嬢さまもすでに、その人物のことをご存じでございます。 宝生:えっ?誰よ。
影山:まず犯人は吉本瞳が部屋を出てから、引き返してくるまでの数分の間に、彼女の部屋に侵入したということになります。ここまではよろしいですね?
宝生:よろしくてよ。
影山:ところがアパートの鍵は最新式。空き巣狙いの泥棒がピッキングで破れるような代物ではございません。 宝生:そうだったわ。
影山:では、吉本瞳は鍵を掛け忘れていたのでしょうか。しかし第一発見者の杉村恵理はこう断言しておりました。
杉村:普段は戸締まりには人一倍気を使う人だったから、鍵を掛け忘れるなんてこと絶対にないのに。
影山:にも、かかわらず、犯人はわずか数分の間に室内に侵入を果たしているのでございます。
影山:ここから導かれる結論は1つ。犯人は合鍵を持っていたのでございます。
宝生:じゃ、やっぱり、鍵を交換していた田代 博之が?
田代:会社の仲間と平塚で夜まで釣りをしてました。
宝生:でも彼にはアリバイが。
影山:はい、田代博之は犯人ではございません。
宝生:なら、大家の河原健作。彼なら合鍵を持っていたはずだわ。
影山:河原健作は吉本瞳と擦れ違った後、自分の部屋に戻っています。吉本瞳より先に、部屋に侵入することは不可能です。
宝生:じゃ、犯人は誰なのよ。もう容疑者がいなくなっちゃったじゃない。
影山:いいえ、お嬢さま、合鍵を使うことができた人物がもう1人だけおります。その人物こそが 今回の事件の真犯人でございます。
宝生:誰よ、私の知ってる人なんでしょ?
影山:はい、正確に言えば、その方の靴をご存じと言うべきでしょうか。 宝生:靴?
影山:お忘れですか?お嬢さま。田代博之の部屋を訪れた際のことを。
宝生:白いハイヒール、あれが真犯人の靴だというの?
影山:さようでございます。田代博之の恋人であれば、田代が釣りに行ってる間、合鍵をこっそり持ち出して、使うこともできたはずです。
宝生:そうか、吉本瞳の部屋の合鍵を白いハイヒールの女なら、自由に使うことができたってことね?
影山:ここからは私の想像が混ざりますので、そのつもりで、お聞きくださいませ。犯人の女性 仮に彼女を白井靴子と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか。
宝生:まんまじゃない。まあ、いいわ。白いハイヒールの女、白井靴子ね。
影山:彼女は偶然、田代博之が持っていた鍵を発見したのでしょう。白井靴子はそれが田代の浮気相手の部屋の鍵なのではないかと疑いを抱いた。その後、靴子はあらゆる手を尽くして、情報を集め、吉本瞳という女性を疑うに至ったのです。そして、昨日、田代が留守の間に、合鍵を持ち出し、吉本瞳のアパートへ行った。夕方6時ごろ、吉本 瞳が出ていくのを確認した靴子は部屋へ向かう。そして彼女は合鍵を使って、扉を開けた。
宝生:で、靴子は。
影山:はい、ここで、やめておけば、事件は起こらなかったはずです。しかし、しばらく吉本瞳が戻らないと思った白井靴子は部屋に入りこんでしまった。恋人の浮気相手がどんな部屋に住んでいるのか、興味があったのかもしれません。しかし、そこで、彼女が予想していなかった出来事が起こります。吉本瞳が戻ってきたのです。