星の王子さま~LE PETIT PRINCE~
by Antoine de Saint-Exupery
XXI
すると、そこへキツネがあらわれました。
- こんにちは
と、キツネがいいました。
- こんにちは
と、王子さまは、ていねいに答えてふりむきましたが、なんにも見えません。
- ここだよ。リンゴの木の下だよ・・・・・・
と、声がいいました。
- きみ、だれだい?とてもきれいなふうしてるじゃないか・・・・・・
と、王子さまがいいました。
- おれ、キツネだよ
と、キツネがいいました。
- ぼくと遊ばないかい?ぼく、ほんとにかなしいんだから・・・・・・
と、王子さまはキツネにいいました。
- おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから
と、キツネがいいました。
- そうか、失敬したな
と、王子さまがいいました。
でも、じっと考えたあとで、王子さまは、いいたしました。
- <飼いならす>って、それ、なんのことだい?
- あんた、ここの人じゃないな。いったい、なにさがしてるのかい?
- 人間さがしてるんだよ。<飼いならす>って、それ、なんのことだい?
- 人間ってやつぁ、鉄砲もってて、狩をするんだから、おれたち、まったく手も足もでないよ。ニワトリも飼ってるんだが、それよりほかには、人間ってやつにゃ、趣味がないときてるんだ。あんた、ニワトリさがしてるのかい?
- ちがう。友だちさがしてるんだよ。<飼いならす>って、それ、なんのことだい?
- よく忘れられてることだがね。<仲よくなる>っていうことさ
- 仲よくなる?
- うん、そうだとも。おれの目から見ると、あんたは、まだ、いまじゃ、ほかの十万もの男の子と、べつに変わりない男の子なのさ。
だから、おれは、あんたがいなくたっていいんだ。あんたもやっぱり、おれがいなくたっていいんだ。あんたの目から見ると、おれは、十万ものキツネとおんなじなんだ。だけど、あんたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ・・・・・・
と、キツネがいいました。
- なんだか、話がわかりかけたようだね。花が一つあってね・・・・・・。その花が、ぼくになついてたようだけど・・・・・・
と、王子さまがいいました。
- かもしれないな。地球の上にゃ、いろんなことがあるんでねえ・・・・・・
と、キツネがいいました。
- 地球の上の話してるんじゃないんだよ
と、王子さまがいいました。
すると、キツネは王子さまの話に、たいそうつりこまれたようすでした。
- ほかの星の上での話かい?
- うん
- その星の上にゃ、かりうどがいるかい?
- いないよ、そんな人
- そいつぁ、おもしろいね。じゃ、ニワトリは?
- いないよ、そんなもの
- いや、どうも思いどおりにゃ、いかないもんだなあ
といって、キツネは、ため息をつきました。でも、キツネは、また、話をもとにもどしました。
- おれ、毎日同じことして暮らしているよ。おれがニワトリをおっかけると、人間のやつが、おれをおっかける。ニワトリがみんな似たりよったりなら、人間のやつが、またみんな似たりよったりなんだから、おれは、少々たいくつしてるよ。だけど、もし、あんたが、おれと仲よくしてくれたら、おれは、お日さまにあたったような気もちになって、暮らしてゆけるんだ。足音だって、きょうまできいてきたのとは、ちがったのがきけるんだ。ほかの足音がすると、おれは、穴の中にすっこんでしまう。でも、あんたの足音がすると、おれは、音楽でもきいてる気もちになって、穴の外へはいだすだろうね。それから、あれ、見なさい。あの向こうに見える麦ばたけはどうだね。おれは、パンなんか食やしない。麦なんて、なんにもなりゃしない。だから麦ばたけなんか見たところで、思い出すことって、なんにもありゃしないよ。それどころか、おれはあれ見ると気がふさぐんだ。だけど、あんたのその金色の髪は美しいなあ。あんたがおれと仲よくしてくれたら、おれにゃ、そいつが、すばらしいものに見えるだろう。金色の麦をみると、あんたを思い出すだろうな。それに、麦を吹く風の音も、おれにゃうれしいだろうな・・・・・・
キツネはだまって、長いこと、王子さまの顔をじっと見ていました。
- なんなら・・・・・・おれと仲よくしておくれよ
と、キツネがいいました。
- ぼく、とても仲よくなりたいんだよ。だけど、ぼく、あんまりひまがないんだ。友だちも見つけなけりゃならないし、それに、知らなけりゃならないことが、たくさんあるんでねえ
- じぶんのものにしてしまったことでなけりゃ、なんにもわかりゃしないよ。人間ってやつぁ、いまじゃ、もう、なにもわかるひまがないんだ。あきんどの店で、できあいの品物を買ってるんだがね。
友だちを売りものにしているあきんどなんて、ありゃしないんだから、人間のやつ、いまじゃ、友だちなんか持ってやしないんだ。あんたが友だちがほしいんなら、おれと仲よくするんだな
- でも、どうしたらいいの?
と、王子さまがいいました。
キツネが答えました。
- しんぼうが大事だよ。最初は、おれからすこしはなれて、こんなふうに、草の中にすわるんだ。おれは、あんたをちょいちょい横目でみる。あんたは、なんにもいわない。それも、ことばっていうやつが、勘ちがいのもとだからだよ。一日一日とたってゆくうちにゃ、あんたは、だんだんと近いところへきて、すわれるようになるんだ・・・・・・
あくる日、王子さまは、またやってきました。
すると、キツネがいいました。
- いつも、おなじ時刻にやってくるほうがいいんだ。あんたが午後四時にやってくるとすると、おれ、三時には、もう、うれしくなりだすというものだ。そして、時刻がたつにつれて、おれはうれしくなるだろう。四時には、もう、おちおちしていられなくなって、おれは、幸福のありがたさを身にしみて思う。だけど、もし、あんたが、いつでもかまわずやってくるんだと、いつ、あんたを待つ気もちになっていいのか、てんでわかりっこないからなあ・・・・・・きまりがいるんだよ
- きまりって、それ、なにかい?
と、王子さまがいいました。
- そいつがまた、とかくいいかげんにされているやつだよ。そいつがあればこそ、ひとつの日が、ほかの日とちがうんだし、ひとつの時間が、ほかの時間とちがうわけさ。おれをおっかけるかりうどにだって、やっぱりきまりがあるよ。木曜日は、村のむすめたちとおどるんだから、木曜日ってやつが、おれには、すばらしい日なんだ。その日になると、おれは、ブドウばたけまでのして出るよ。
だけど、かりうどたちが、いつだってかまわず、おどるんだったら、どんな日もみんなおんなじで、おれは、休暇なんてものがなくなっちまうんだ
と、キツネがいいました。
王子さまは、こんな話をしあっているうちに、キツネと仲よしになりました。だけれど、王子さまが、わかれていく時刻が近づくと、キツネがいいました。
- ああ!・・・・・・きっと、おれ、泣いちゃうよ
- そりゃ、きみのせいだよ。ぼくは、きみにちっともわるいことしようとは思わなかった。だけどきみは、ぼくに仲よくしてもらいたがったんだ・・・・・・
- そりゃ、そうだ
と、キツネがいいました。
- でも、きみは、泣いちゃうんだろ!
と、王子さまがいいました。
- そりゃ、そうだ
と、キツネがいいました。
- じゃ、なんにもいいことはないじゃないか
- いや、ある。麦ばたけの色が、あるからね
それからキツネは、また、こうもいいました。
- もう一度、バラの花を見にいってごらんよ。あんたの花が、世のなかに一つしかないことがわかるんだから。それから、あんたがおれにさよならをいいに、もう一度、ここにもどってきたら、おれはおみやげに、ひとつ、秘密をおくりものにするよ。
王子さまは、もう一度バラの花を見にいきました。そして、こういいました。
- あんたたち、ぼくのバラの花とは、まるっきりちがうよ。それじゃ、ただ咲いてるだけじゃないか。だあれも、あんたたちとは仲よくしなかったし、あんたたちのほうでも、だれとも仲よくしなかったんだからね。ぼくがはじめて出くわした時分のキツネとおんなじさ。あのキツネは、はじめ、十万ものキツネとおんなじだった。だけど、いまじゃ、もう、ぼくの友だちになってるんだから、この世に一ぴきしかいないキツネなんだよ
そういわれて、バラの花たちは、たいそうきまりわるがりました。
- あんたたちは美しいけど、ただ咲いてるだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ。だって、ぼくが水をかけた花なんだからね。覆いガラスもかけてやったんだからね。ついたてで、風にあたらないようにしてやったんだからね。
ケムシを(二つ、三つはチョウになるように殺さずにおいたけど)殺してやった花なんだからね。不平もきいてやったし、じまん話もきいてやったし、だまっているならいるで、時には、どうしたのだろうと、きき耳をたててやった花なんだからね。ぼくのものになった花なんだからね
バラの花たちにこういって、王子さまは、キツネのところにもどってきました。
- じゃ、さよなら
と、王子さまはいいました。
- さよなら
と、キツネがいいました。
- さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ
- かんじんなことは、目には見えない
と、王子さまは、忘れないようにくりかえしました。
- あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思ってるのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ
- ぼくが、ぼくのバラの花を、とてもたいせつに思ってるのは・・・・・・
と、王子さまは、忘れないようにいいました。
- 人間っていうものは、このたいせつなことを忘れてるんだよ。だけど、あんたは、このことを忘れちゃいけない。めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもらなけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね・・・・・・
と、キツネはいいました。
- ぼくは、あのバラの花との約束をまもらなけりゃいけない・・・・・・
と、王子さまは、忘れないようにくりかえしました。
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