星の王子さま~LE PETIT PRINCE~
by Antoine de Saint-Exupery
Ⅶ
5(いっ)日(か)目に、やはりヒツジのおかげで、ぼくは、王子(おうじ)さまのもっている秘密(ひみつ)がわかりました。
長(なが)いあいだ、だまって考(かんが)えていた問題(もんだい)から、質問(しつもん)がうまれたように、王子(おうじ)さまは、だしぬけに、こう、ぼくにききました。
- ヒツジは、小(ちい)さい木(き)をたべるんだったら、花(はな)もたべるんだろうね?
- いきあたりばったり、なんでもたべるよ
- トゲのある花(はな)も?
- そう、トゲのある花(はな)も
- じゃ、トゲは、いったい、なんの役(やく)にたつの?
それは、ぼくの知(し)らないことでした。
ぼくはその時(とき)、モーターのボールトが、あまりしまりすぎているので、それをはずそうと、懸命(けんめい)になっていました。
ちょっとやそっとでは、パンクがなおりそうもないので、気(き)が気(き)ではありませんでした。
それに、飲(の)み水(みず)も底(そこ)をついていて、手(て)も足(あし)もでないことになりそうだったのです。
- トゲは、いったい、なんの役(やく)にたつの?
王子(おうじ)さまは、いちど、なにかききだすと、あいてが返事(へんじ)するまであきらめません。
ぼくは、ボールトのことで、気(き)がいらいらしていたので、なんでもかまわず、でたらめに答(こた)えました。
- なんの役(えき)にもたちゃあしないよ。花(はな)はいじわるしたいから、トゲなんかつけてるんだ
- へえ!
だけれど、ちょっとだまっていてから、王子(おうじ)さまは、うらめしそうに、こういいかえしました。
- うそだよ、そんなこと!花(はな)はよわいんだ。むじゃきなんだ。
できるだけ心配(しんぱい)のないようにしてるんだ。トゲをじぶんたちの、おそろしい武器(ぶき)だと思(おも)ってるんだ
ぼくは、なにも答(こた)えませんでした。ぼくは、そのとき、
<このボールトが、いうことをきかなけりゃあ、カナヅチでぶっとばそう>
と考(かんが)えていました。すると、王子(おうじ)さまは、また、ぼくの考(かんが)えをじゃましました。
- だのに、きみは、ほんとうにそう思(おも)ってるんだね?花(はな)ってものは・・・・・・
- ちがうよ、ちがうよ、ぼく、なんとも思(おも)ってやしないよ。でたらめに返事(へんじ)したんだ。とてもだいじなことが、頭(あたま)にひっかかってるんでね
- なに、だいじなことって?
王子(おうじ)さまは、ぼくを見(み)ました。
ぼくは、王子(おうじ)さまにとってはたいそうきたなく見(み)えるものの上(うえ)にかがみこみながら、カナヅチを手(て)に持(も)って、機械(きかい)あぶらで指(ゆび)をまっ黒(くろ)にしていたのです。
- まるで、おとなみたいな口(くち)のききようをする人(ひと)だな!
そういわれて、ぼくは、すこしはずかしくなりました。しかし、あいては、それにかまわず、こうつづけました。
- きみは、なにもかも、ごちゃまぜにしてるよ・・・・・・まぜこぜにしてるよ・・・・・・
王子(おうじ)さまは、こんどは、ほんとうに腹(はら)をたてていました。
そして、目(め)のさめるような金色(こんじき)の髪(かみ)を、風(かぜ)にゆすっていいました。
- ぼくの知(し)ってるある星(ほし)に、赤黒(あかくろ)っていう先生(せんせい)がいてね、その先生(せんせい)、花(はな)のにおいなんか、吸(す)ったこともないし、星(ほし)をながめたこともない。
だあれも愛(あい)したことがなくて、していることといったら、寄(よ)せ算(ざん)ばかりだ。
そして日(ひ)がな一日(いちじつ)、きみみたいに、いそがしい、いそがしい、と口(くち)ぐせにいいながら、いばりくさっているんだ。そりゃ、ひとじゃなくて、キノコなんだ
- キノ・・・・・・?
- キノコなんだ
王子(おうじ)さまは、もうまっさおになっておこっていました。
- 花(はな)は、もう何百年(なんびゃくねん)も前(まえ)から、トゲをつくってる。ヒツジもやっぱり、もうなん百年(ひゃくねん)も前(まえ)から、花(はな)をたべてる。
でも、花(はな)が、なぜ、さんざ苦労(くろう)して、なんの役(えき)にもたたないトゲをつくるのか、そのわけを知(し)ろうというのが、だいじなことじゃないっていうのかい?
花(はな)がヒツジにくわれることなんか、たいしたことじゃないっていうの?
ふとっちょの赤黒(あかくろ)先生(せんせい)の寄(よ)せ算(ざん)より、だいじなことじゃないっていうの?
ぼくの星(ほし)には、よそだとどこにもない、めずらしい花(はな)が一(ひと)つあってね、ある朝(あさ)、
小(ちい)さなヒツジが、うっかり、パクッとくっちまうようなことがあるってこと、
ぼくが このぼくが 知(し)ってるのに、
きみ、それがだいじなことじゃないっていうの?
王子(おうじ)さまは、そういって、こんどは、顔(かお)を赤(あか)くしましたが、やがてまた、いいつづけました。
- だれかが、なん百万(ひゃくまん)もの星(ほし)のどれかに咲(さ)いている、たった一輪(いちりん)の花(はな)がすきだったら、その人は、そのたくさんの星(ほし)をながめるだけで、しあわせになれるんだ。
そして、 <ぼくのすきな花(はな)が、どこかにある>と思(おも)っているんだ。
それで、ヒツジがその花(はな)をくうのは、その人(ひと)の星(ほし)という星(ほし)が、とつぜん消(け)えてなくなるようなものなんだけど、それもきみは、たいしたことじゃないっていうんだ
王子(おうじ)さまは、それきり、なにもいえませんでした。そして、にわかに、わっと泣(な)き出(だ)してしまいました。
ぼくは、しごと道具(どうぐ)を手(て)ばなしていました。カナヅチも、ボールトも、目(め)にうつらなかったし、
のどがかわいても、死(し)ぬ思(おも)いをしても、そんなことは、どうでもよいことでした。
ひとりの王子(おうじ)さまを、一(ひと)つの星(ほし) といっても、ぼくの地球(ちきゅう)の上(うえ)で、なんとかして、なぐさめなければならなかったのです。
ぼくは、王子(おうじ)さまをしっかりだいて、しずかにゆすりながら、
- あんたのすきな花(はな)、だいじょうぶだよ・・・・・・・あんたのヒツジには、口輪(くちわ)をかいてやる・・・・・・あんたの花(はな)には、かこいの絵(え)をかいてあげる・・・・・・ぼくは・・・・・・
と、いいはしましたが、なんといっていいか、わかりませんでした。
ものをいうにも、へたくそで、うまくいえなかったのです。
どうしたら、王子(おうじ)さまの気もちになれるのか、どこで王子(おうじ)さまの気(き)もちと、いっしょになれるのか、それもわかりませんでした・・・・・・
涙(なみだ)の国(くに)って、ほんとにふしぎなところですね。