星の王子さま~LE PETIT PRINCE~
by Antoine de Saint-Exupery
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王子さまは、325、326、327、328、329、それから、330までの星が光っているところにきました。王子さまは、星の見物をはじめました。なにか仕事をさせてもらって、勉強しようというのでした。
第一の星には、王さまが住んでいました。
その王さまは、あかね色の服に白テンの毛皮を着て、たいそう質素ながらも、堂々とした玉座の上に、すわっていました。王子さまを見かけると、大きな声でいいました。
- やあ!家来がきたな
王子さまは、<一度もぼくにあったことがないのに、どうして、見おぼえがあるのだろう>と考えました。
王さまの目から見ると、世のなかは、たいへんかんたんなのですが、そのことを、王子さまは知りませんでした。
王さまたちにとっては、人間は、みんな家来なのです。
- 近うよりなさい。そのほうが、もっとよく見えるように
やっとだれかの王さまになれたので、王さまは、とくいになっていいました。
王子さまは、どこにすわろうかと、あたりを見まわしました。だけれど、王さまの堂々とした白テンの毛皮で、星が、すっかりふさがっていて、すわるにもすわれません。
で、じっと立っているままでしたが、つかれていたので、あくびしました。すると、王さまがいいました。
- 王さまの前で、あくびするとは、エチケットに反しておる。あくび禁止じゃ
- 我慢できないんです
と王子さまはどぎまぎして答えました。
- ぼく、長い旅をしてきたでしょう?それに、眠らなかったものですから・・・・・・
- そうか。では、あくびをしなさい。命令する。
わしは、もう、なん年か、ひとのあくびをするのを見たことがない。あくびというものは、おもしろいものだな。さ、あくびしなさい、もう一度。命令じゃ
- 胸がドキドキして・・・・・・もう、できなくなりました・・・・・・
と王子さまは、まっかになっていいました。
- これは、これは!では、こう命令する。あるときは、あくびをし、あるときは・・・・・・
王さまは、なにか口の中でもぐもぐいって、気をもんでいるようすでした。
というのも、王さまがなによりもたいせつに思っていることは、じぶんの威光に、きずがつかないことだからでした。
命令にそむくような人は、とても大目に見ていられません。どこまでもワンマンの王さまでした。
しかし、たいそう人のいい王さまなので、むりな命令をくだすことはありません。
<わしが大将に、海の鳥になれと命令したとする。その大将が、わしの命令に従わないとしても、大将がいけないわけはないだろう。わしがいけないのだろう>
といったふうに、ふだん、すらすらという、王さまでした。
- すわってもいいでしょうか?
と王子さまはオズオズとききました。
- うん、すわんなさい、命令する
と王さまは答えて、白テンの毛皮の服の垂れを、もったいぶって引きよせました。
しかし、王子さまは、ふしぎでなりませんでした。こんな小さい星だのに、王さまは、いったい、なにを支配しているのでしょう・・・・・・
- 陛下・・・・・・。おたずねしたいことがありますが・・・・・・
- たずねなさい、命令する
と王さまはいそいでいいました。
- 陛下・・・・・・陛下はいったい、なにを支配していらっしゃるんですか
- どこも、ここもじゃ
と、王さまは、ただもうあっさりといいました。
- どこも、ここも?
王さまは、おつにすまして、じぶんの星とほかの星を、ずうーっと指さしました。
- あれをみんな?
と、王子さまはいいました。
- うん、あれをみんな・・・・・・
と、王さまはいいました。
それは、王さまが国のワンマンであるばかりでなく、宇宙のワンマンだからでした。
- じゃ、星はみんな、陛下にしたがっているわけですね?
- そうだとも、そうだとも。すぐにもしたがう。わしは不規律を許さんのじゃ
たいした権力だな、と王子さまはびっくりしました。
そして、もし、じぶんにこんな権力があったら、腰かけているいすを、動かすめんどうなんかしないで、おなじ一日のうちに、入り日を四十四度どころか、七十二度でも、百度でも、二百度でもながめることができるのに、と思いました。
それで、遠くにのこしてきた小さな星のことが思い出されて、すこし、気がしずんでいた王子さまは、思いきって、王さまの御恩にあまえてみようと思いました。
- ぼく、入り日をながめたいんですけど・・・・・・。なんでしたら、お日さまに沈め、と御命令なさってくださいませんか
- わしが大将に向かって、チョウチョウみたいに、花から花へ飛べとか、悲劇を書けとか、海の鳥になれとか、命令するとする。
そして、その大将が、命令を実行しないとしたら、大将とわしと、どっちがまちがってるだろうかね
- そりゃ、陛下でしょう
と、王子さまが、きっぱりといいました。
- そのとおり。人には、めいめい、その人のできることをしてもらわなけりゃならん。
道理の土台あっての権力じゃ。もし、おまえが人民たちに、海にいって飛びこめと命令したら、人民たちは、革命をおこすだろう。
わしは、むりな命令はしないのだから、みんなをわしに服従させる権利があるのじゃ
- じゃ、夕日を見せてくださることは?
と、王子さまは、なにか一度ききだすと、いつまでもきいている例のくせを出していいました。
- うん、夕日は見せてあげる。わしが命令してやる。だが、つごうがよくなるまで、待つとしよう。
それが、わしの政治のこつじゃ
- いつ、つごうがよくなるんですか?
と、王子さまはききました。
- ふん、ふん!
と、王さまはいって、大きな暦をくってみました。
- ふん、ふん!うーん、そりゃ、きょうの夕方の七時四十五分ごろになるかな。
まあ、見ていなさい。万事わしの命令どおりになるから
王子さまは、あくびしました。いくら夕日をながめたくても、なかなかながめられないからです。
それに、どうやらたいくつになりだしたのです。
- もう、ここでは、なんにもすることがありません。ぼく、また、旅をつづけます
- いくな、いくな
と、家来がひとりできたので、たいへん得意になっていた王さまは、いいました。
- 大臣にしてあげるから
- なんの大臣に?
- そうだな、そうだな・・・・・・法務大臣に!
- だって、裁判しなけりゃならないような人は、だあれもいないじゃありませんか
- そりゃ、わからん。わしは、まだ、わしの国をまわってみたことがないんでね。
もう、すっかり年をとったのだが、馬車をおく場所がないんで、歩くのが疲れるよ
- そりゃ、こまりますね!でも、ぼく、さっきから見てるんだけど
と、王子さまは、身をかがめて、星の向こうがわを、もう一度、ちらっと見やりながらいいました。
- あの向こうにも、だれもいませんよ・・・・・・
- では、おまえ自身の裁判をしなさい。それが一ばんむずかしい裁判じゃ。
他人を裁判するより、じぶんを裁判するほうが、はるかに困難じゃ。
もし、おまえが、りっぱにじぶんを裁判できたら、それは、おまえが、ほんとに賢い人間だからじゃ
- じぶんを裁判するんだったら、どこででもできます。ぼくは、ここにいなくたっていいんです
- えーっとね、わしの星には、年とったネズミが、どこかにいるようじゃ。
夜になると、コトコトやっている音がきこえる。なんなら、あの年とったネズミを裁判したらどうじゃ。
ときどき、死刑に処したらよかろう。そうすれば、あのネズミは生きるも死ぬも、そのほうの裁判しだい、ということになる。
だが、裁判をするたびに、倹約のために特赦してやりなさい。一匹しかいないネズミなんだからね
- ぼく、死刑になんかするのいやです。ぼくは、もう出かけます
- いや、いかん
と、王さまがいいました。
しかし、王子さまは、すっかり旅のしたくをしていたので、年をとった王さまに、もう苦労をかけたくなかったのです。
- もし、陛下が、どんなときにも、陛下らしくなさるおつもりでしたら、ぼくに、むりのない命令を、おくだしになるはずなんだがなあ。
どうでしょうか、ぼくがすぐ出発するように命令なすっては。つごうよくなっているように思うんですけど・・・・・・
王さまがなんとも返事しないので、王子さまは、はじめはためらいましたが、やがて、ホッとため息をついて、出発しました。
それを見た王さまは、いそいで、大声でいいました。
- そのほうを、わしの大使にするぞ
王さまは、どんなこともじぶんの手のうちにありそうに、いばった顔をしていました。
おとなって、ほんとにへんなものだなあ、と、王子さまは、旅をつづけながら、つぶやきました。
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